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DonKiのブログ

人の日記を覗きにきたドスケベのみなさま、どうぞごゆるりとしていってくださいませ。

猫は哲学者なのかもしれない

僕は猫を飼っている。しっぽが曲がった猫だ。いつもにゃーにゃ―鳴いてわがままを言っている。大体は「飯をくれ」「トイレのシートを変えろ」「撫でろ」「抱っこしろ」だ。僕は、その鳴き声に弱いから、すぐ言うことを聞いてしまう。どっちが飼われているんだか。

 

ことあるごとににゃーにゃー鳴いている猫が、黙るときがある。それは水を飲むときだ。僕の家の猫はシンクの蛇口から流れる水を飲む。その時だけ、鳴かないのだ。じっとシンクの中に座っているのだ。そして蛇口から流れる水をずっと眺める。

 

この猫は哲学者なのかもしれない、と僕は思った。猫が蛇口から水を飲むまで、とても長い。水を見つめては触っては、濡れた前足を舐めてを繰り返している。考えていることがあるのだろうか。母は「遊んでるだけでしょ」と言うが、眺め方がまるで人間のようなのだ。

 

「この水はどのように流れ、どこに行くのか。この喉を潤す液体は、なぜ存在するのか。ひいてはなぜ水を必要とするのか。自分の肉体はどこからやってきたのだろうか」と、思案しているように思える。人間からしてみたら、水は生きる上で必要なものでしかないが、家の猫はどうも水と生命について深く考えているように見える。

 

しばらく水と触れ合ったあと、何事もなかったかのように水を飲み始める。そしてまたにゃーにゃー鳴いては要求ばかりするのである。猫という動物は不思議な存在だ。