DonKiのブログ

人の日記を覗きにきたドスケベのみなさま、どうぞごゆるりとしていってくださいませ。

リア充の一日は48時間あるのではないか?

タイトルのまんまだが、リア充の一日はとてつもなく長いように感じる。かといって退屈しているわけでもない。本当に同じ時間軸に存在しているのかも分からない。時間だけは平等と言うけれど、確実にリア充と僕とでは大きな格差がある。彼らの一日は48時間はあるのではないか。

 

僕の一日なんてわざわざ表す必要なんてないと思うが、一応参考に書いておく。

 

朝ご飯を食べて、外出して、昼ご飯を食べて、帰宅して、晩ご飯を食べて、寝る。

 

これで一日が終わる。なんのために生きているのか分からない生活をしているなあと思わされる。犬の生活のほうが充実しているのではないか? 想像ではあるが犬の生活を考えてみた。

 

朝、目が覚めてから散歩に行き、帰ってきたら朝ご飯を食べ、しばらく眠る。その後、午後に散歩に出かけ、帰宅後少し眠り、夕食を摂る。夜には家族に囲まれて愛され、そして飼い主のベッドに入り、眠る。

 

僕と犬の最大の違いは、愛があるかないかである。僕の場合は、長らく不法投棄されたテレビのように存在感がないが、犬は愛されている。散歩に行くのも、飼い主による愛情があるからだ。ペットフードも健康にいいものを与えられているのだろう。

 

さて、リア充の一日とはどのようなものなのだろう。完全な妄想でしかないが、書いてみようと思う。

 

朝、目が覚めてインスタグラムを確認。友人の投稿に「いいね」を押して、軽くコメント。そこでしばしのやりとりを行う。

 

そしてついでに昼食の約束をとる。昼食を食べている際、その周りには自然と「仲間」が集まってくる。盛り上がる会話。そこだけ空間から切り抜かれ、独特の雰囲気になる。

 

ハブられている者などおらず皆が笑顔。そこには邪念などなく平和を彩るハーモニーが広がっている。そこので会話は時が止まり、他の時間軸から外れている。そして夕食を一緒に食べる約束を10数名とし、いったん解散。ここで時は動き出す。

 

夕食はバーベキューだ。集まった10数名は皆片手にスマホを持ち、「自撮り」をしている。各々がインスタグラムに写真を投稿している。インスタグラムは、現代のインターネットに存在する「エデン」だ。偽りや欺瞞など存在しない。

 

ここでも時は止まっている。多くの人間は別の時間軸に取り残され、猜疑心に塗れた時を過ごす。しかし、リア充にそんなことはない。楽園と化した場に時は存在しない。

 

夕食が終了し、時が動き始める。解散したあと、リア充はインスタグラムを閲覧する。そして友人の投稿に「いいね」を押す。そして眠るのである。

 

僕が一日の長さにうんざりしているとき、リア充はその「時」を楽しんでいる。それが大きな違いだ。あっという間に過ぎる時間を楽しめるリア充は凄い。だから、時間は平等ではない。リア充は一日を48時間過ごせる術を持っているのだ。