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DonKiのブログ

人の日記を覗きにきたドスケベのみなさま、どうぞごゆるりとしていってくださいませ。

僕が愛して止まない女優、清水富美加が出家してしまった

清水富美加

いつものようにゲス顔でツイッターを鑑賞し人々の日常をのぞき込んでいたところ、とあるツイートが目に飛び込んできた。僕が愛して止まない女優、清水富美加さん(以下ふみかす)が鬼気迫るようなツイートをしていた。それは新アカウントへの誘導だったのだが、誘導の仕方が意味深であった。「このツイートはすぐ消しちゃう」ではなく「このツイートはすぐ消されちゃうかもしれない」となっていた。実際そのツイートはすぐに消され、アカウントも消えてしまった。

 

そして新アカウントで、ある「宣言」をするそうだ。新アカウントでは「私以外に私の本当のことを語れる人なんていない」とツイートしている。確かにその通りだ。僕だって社会では真面目なキャラで通ってるが、内面はツイッターで悪意に触れニコニコしているゲス人間だ。人は日々仮面を付けて生活している。その仮面を外すことは、社会と接している以上不可能なことだ。やはり本当の自分は自分にしかわからない。さすがはふみかす。真実を見通すとは。

 

さて、いつもは優雅な目覚めをして朝食はトーストとコーヒーを愉しむシンプルな生活をしている僕だが、今朝は違った。目が覚めた瞬間妙な違和感がある。「なんだこの胸のざわめきは」と思わず呟いてしまった。ツイッターではない。そして一つの確信を覚えた。「ふみかす……!」また呟いた。僕は急いでふみかすのアカウントへと向かった。新たなツイートはなし。不安と喜びが交差する。

 

しかしそれはYahoo!ニュースを見たときに喜憂は絶望へと変わった。なんとふみかすが芸能界を引退するというニュースが目に映った。僕は意識せず速攻でリンクをタッチした。そしてそのニュースは思考の混濁を招いた。ニュースのタイトルが「清水富美加 芸能界引退の報道」だったものの、リンク先のタイトルが「清水富美加、22歳で衝撃の引退…理由は「幸福の科学に出家」」となっていたのだ。僕は衝撃のあまり、ぶっと唾を吐いてしまった。画面には泡沫の唾がべったりと付いた。それを拭くことなくしばらく放心状態になった。「どうしてどうしてどうして」と「大川隆砲」というワードが頭を巡っていた。数秒の沈黙の後、我に返り落ち着いて記事を読むことにした。

 

たったの2ページでふみかす引退の報道は終わった。記事には幼い時から信仰していたこと、両親が離婚していたこと、いますぐ引退を望んでいることが書かれていた。人の人生を記すにはあまりにも短すぎる記事だった。僕はまた呆然とした。もう二度と「コスモのマイカーリース!」が聞けないのか、ニベアのCMが見られないのか、もはやテレビでふみかすをお目に掛かることはないのか。様々な思考が駆け巡り、僕はロボトミー手術を受けた人のように虚無と化した。

 

仮に記事が本当だった場合、ふみかすは出家してしまう。俗世と隔絶し、神との交信に人生を賭す事になる。かつて出家とはとんでもない一大イベントだったという。世を捨てることは自分と繋がりのあるものとの別れを意味する。つまりふみかすはファンから離れることになる。変態仮面のときからファンだった僕はどうしたらいいんだろうか。死のうか。いや、待て、落ち着け。ふみかすが消えるわけじゃない。ファンたちの心に永遠に残るじゃないか。メモリーイズフォーエヴァー。

 

しかし、そんなしょうもない少年漫画の最終回みたいなエンディングはあまりにもちっぽけだ。ふみかすが出家することになると、やはり悲しい。ツイッターという中途半端な繋がりは虚しいばかりだ。ファンとしての立ち位置が不明瞭になる。僕も神を信奉すればいいのだろうか。

 

まだ出家すると決まったわけではないので、これくらいのことしか言えないが、僕は早く「真実」というのを知りたい。それ如何によってどうなるかは神のみぞ知るというやつだ。

 

もし、ふみかすが本当に出家して、勧誘員として僕の家に来たら喜んで信仰する準備はある。ふみかすは喜び、僕は救われる。Win-Winの関係だ。しかし僕が信仰するのはふみかすであって、大川さんでもないし守護霊でもない。ふみかすこそが神にふさわしい人物なのだ。

 

あれ?信仰ってなんだっけ?